ヴィクトリア女王。
在位62年7か月。19世紀、世界に君臨した大英帝国の象徴です。その女王が、夫の死から40年間も喪に服していたことを皆さんはどのように感じますか?
英国は、生活におけるエチケットに厳格な国。当時、夫を亡くした寡婦(かふ)が喪に服す期間は2年間とされていました。とても長い期間ですよね。しかし、女王はそれを遥かに上回る時間、亡き夫への想いを心に刻んだのです。
「ヴィクトリア女王が纏ったのは、ただの喪服ではなかった。
それは『身に纏うゴシック大聖堂』だったのではないだろうか。」
19世紀、英国。産業革命による急速な近代化と煙に覆われた都市。その反作用として、人々はかつての精神的な高潔さを求めて中世へと目を向けました。
街には鋭い尖塔(せんとう)がそびえ立つ建築が次々と再建され、社会全体が「ゴシック・リバイバル」という熱狂の渦に包まれました。

<ウェストミンスター:ゴシックリバイバルの代表的建築、王室と政治の中心地>
女王が夫アルバート公を亡くし、漆黒のドレスに身を包んだのは、まさにそんな時代。
漆黒の化石とゴシックリバイバル
彼女が喪に服していた40年間、しばしば身につけた宝石、ジェット。
それは1億数千万年前の樹木が炭化した「木の化石」。つまり掘りつくしてしまえば新たに生み出すことはできないもの。女王はこの枯れゆく石に、二度と戻らない幸せな時間を封じ込めたのです。
特筆すべきは、その造形でしょう。当時のジェット・ジュエリーには、ゴシック建築を彷彿とさせる尖ったアーチや、複雑に絡み合う植物のレリーフが非常に細かく彫り込まれていました。
また彼女の装いは、幾重にも重なる精緻なレースと、彫刻のように厳格な仕立てによって構成され、さながら一人の女性のシルエットへと凝縮された「大聖堂=ゴシック建築」そのものと言えます。
このコラムを書いている私は、ジェットを全く知らず、ある宝飾店のウェブサイトに記載されている説明を読んだことで腑に落ちました。ジェットは生命の象徴なんだと。大聖堂の光は神。そしてジェットは生命の象徴。神と生命。ちょっと大げさか・・・。

<Mourning jewelry(モーニングジュエリー)の例:ジェットのブローチ 19世紀>
(モーニングジュエリー:故人を追悼するため喪に服す期間に身につける宝石類。少し脱線しますが、このモーニングジュエリーには、ペンダントに故人の名前や命日を彫ったものや髪の毛で作られたブレスレットなどさまざまなデザインがありました。ちなみに朝のモーニングではないよ。スペルが違う!)
「過剰」な城壁が心を守り聖域を保った
ゴシックの本質は、合理性を超えた「過剰」な演出にあります。大聖堂や内部のステンドグラスなど見ても、ちょっとやりすぎ?という印象を持ちます。
ヴィクトリア女王が周囲からの「そろそろ喪服を脱いで日常に戻るべきだ」(実際に王室や政治家だけでなく、民衆からもそういう声が上がっていたそうです。)という圧力をはねのけ、黒いドレスを装飾し着用し続けたのは、何人(なんぴと)も悲しみの心の内に踏み込ませないため。それは心という聖域を守る「城壁」であったと言えます。
私は、この「不自由」ともいえる頑なさにこそ、人間としての「自由」を感じるのです!
19世紀に女王が示した「自分の大切な世界を、様式美によって守り抜く」という気高い系譜を現代のストリートにおいて正統に受け継いでいるのが、ゴシック・ロリータ・ファッションだと考えます。
大英帝国の絶頂期。富と技術が溢れ、太陽の沈まない国の中心で、女王だけは太陽に背を向けるように『夜の色』を纏い続けました。
繁栄の象徴である彼女が、あえて『光を拒む静寂の色』である黒を貫いたこと。その強烈なコントラストこそが、当時の人々の心を合理性では測れないゴシックの深淵へと惹きつけたのです。

<1898年のイギリス王室四代。女王ヴィクトリア、王太子バーティ(エドワード7世)、孫ヨーク公ジョージ(ジョージ5世)、曾孫エドワード王子(エドワード8世)>
時代は巡り、21世紀。
高度に情報化され、すべてが暴かれる現代において、ゴシックの過剰な演出はどこへ向かったのか。 ゴシック連載最終回となる次回は、大聖堂のステンドグラスから光の粒子で編み上げられた『デジタルの古城』へと足を踏み入れます。
*参考資料
・「ヨーロッパの服飾史」徳井淑子、河出書房新社
・「英国社交界ガイド」村上リコ、河出書房新社
・「奇想のモード」株式会社青幻社(2022年東京都庭園美術館開催の同名美術展図録)