黒い服と画家ー19世紀後半のフランス・パリを中心にー

黒い服と画家ー19世紀後半のフランス・パリを中心にー

黒い服をまとった女性たち

エドゥワール・マネフォリー・ベルジェールのバー>(1882年)

19世紀のフランスのパリで活躍した画家。「黒の魔術師」といわれるほど黒の使い方がうまい画家。

 

今回のお題目は「黒い服と画家」ー19世紀後半のフランス・パリを中心にーとしてみました。

どうしてかと言いますと、最近、原田マハさんの短編集「黒い絵」を久しぶりに読み返しまして、これが割とダークな内容が多い本なのですが、黒い絵って実際、どういうのがあったかなと画集を見ていくとたくさん出てきまして。それも自分の興味のある19世後半に。

その頃のフランスのパリは世界をリードする文化・芸術の発信地。(第一次大戦後、それはアメリカへ移ります)

また、19世紀という時代が近代化への過渡期でとても面白い時代。とくに美術関連。あと、個人的な感覚なんですけれど、黒い服って圧倒されるというか力を感じてしまうのです。服に関しての黒って不思議な色だなとずっと思っていまして。

あなたは黒い服にどんなイメージ持っています?

 

ではそろそろスタート。

いまでは男女問わず、フォーマルな場面や普段に黒い服を着たり、黒い小物を使うことも多いと思います。

中には、アップル創業者のスティーヴ・ジョブズのように選ぶ時間が惜しいから黒のタートル一択(でもイッセイミヤケだった)という人もいますが・・・

意外と思われるかもしれませんが、黒の衣服が広がるにはなかなか難しい部分があったのです。

 

まずは黒い服、初の流行っていつ?

ヨーロッパで初めて黒い服が流行したのはいつなのか気になりまして少し調べてみました。

なんと15世紀。ルネサンスの時期と重なります。

どうも現在のフランスブルゴーニュ地方やベルギー周辺を治めていた家のフィリップ・ル・ボン(この画像の人で善良公なんて呼ばれていたそうです)という人物が好んで着用するようになったのがきっかけ。

この人物の宮廷で広がっていったというのがヨーロッパで最初の黒服の流行のようです。

権威のある家だったので、現代の感覚でいえば先に挙げた黒のイメージに当てはまっているように思えます。

ただ、どうして黒を選んだのか?はっきりとした理由は定かではありません。(父親が暗殺され喪に服してからという説もあります)

もちろん黒い服はそれまでもありましたが、支配階級の人たち間で、黒い服が晴れ舞台の装いとなりファッションとなったのは、このフィリップ・ル・ボンのいう人物がブルゴーニュ家の長であったときでした。

 

流行するきっかけを作ったのは、イタリアという考察があります。

14世紀の後半、イタリアの都市国家であったフィレンツェやヴェネチアの貴族たちに奢侈禁止令*(しゃしきんしれい)が出され、贅沢な華やかすぎる衣服は控えろ!黒い服を着ろ!というお達しがあって、その流れがフランスへ伝わっていったというものです。

*(これからはこういう衣服は禁止ですよなどの号令。贅沢はだめということ。日本の江戸時代では何度も出され着物の文様も制限されました。)

 

これは、布を染める技術が進んで(といっても天然染料を使ったものですが)、当時としてはきれいな黒い布地の生産ができるようになったことも理由の一つ。

おそらくですけれどフィレンツェなどは繊維で発展した街ですから、贅沢は控えろと言いながらも、他よりも技術があるわけですから商売として号令がかけられたのでは?とも思えます。

また、中世(西暦400年代から1400年代ごろの1000年間ほどの時代)は、技術が未熟だったので黒い布は高価だった側面もあります。その後、バロック期(16~17世紀)にも黒い服が流行しています。

 で、時代を進めて19世紀後半。

 

最新モードに敏感だったルノワール

19世紀後半フランスでは、ルノワールやモネといった画家(今でも世界的に愛される作家ですね)が活躍し成功した時代。

特にルノワールは、たくさんの肖像画を依頼され、常に最新のモードと接する機会があり、その作品から当時の装いを知ることができます。

ジョルジュ・ハートマン夫人の肖像>(1874年 キャンバスに油彩 H.183.0;長さ123.7cm。  © RMN-グラン・パレ(オルセー美術館))

人物を描くのが得意だと自負していたルノワールは、アルトマン夫人のような裕福な階層から肖像画の注文を受けオートクチュールの服を描きました。

このアルトマン婦人の黒いドレスも上質なサテンを使っています。

 

 

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会>(1876年、オルセー美術館所蔵)

 ルノワールの代表作。男性はほぼ全員黒!女性は一番目立つ中央の人物が黒いドレスをまとって帽子もかぶっています。ルノワールの友人たちを描いていて、縦130センチ横175センチの大きな作品です。斑点みたいなのは光の表現です。模様ではありませんので。

 

 この<ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会>で表現されている通り19世紀の頃、男性の服装は階層に関わらず黒メイン一択です。

黒い女性服は喪服(19世紀後半のフランスでは女性は喪に服す機関が18か月もあったのです)、庶民の階級の服装でした。ファッショナブルな女性服の色として取り入れられたのは、生地を染める方法に大きな進化があったからです。

その進化とは19世紀半ばの化学染料の開発です。もちろん黒だけに限った話ではありませんけれど。

もともと天然の染料で生地を黒く染めることは、なかなか難しく、黒い生地は、真っ黒というより黒っぽい色といった感じでした。

とはいってもお金持ちの人たちは、当然手の込んだよい生地を使った美しい黒の服をまとっていたことでしょう。庶民は高い生地なんて買えませんから、「黒っぽい服」を着ていたんです。

 しかし、1863年に「黒」が化学染料を使って作られるようになって、漆黒の生地をたくさん作る体制ができたのです。

たくさん作れば値段も下がりますし選択肢も増えますから、一般庶民も手に入りやすくなりますよね。

よって19世紀後半のパリでは黒いドレスが流行したのです。

また、パリは1855年から1900年までに5回も万国博覧会が開催され、都会としての機能もいっそう進化してゆき、より洗練された街への進化も加速していきました。

社会の意識、女性は家庭に・・・という考え方にも変化が現れたので服も比較的、自由に選ぶことができるようになります。そこへ「新しい楽しみの場デパート」もでき、劇場などへ足を運ぶ機会も増えたことでしょう。

また、このころから雑誌ではファッションの情報もどんどん伝えられます。

加えて化学染料の発達によって、手ごろな値段の既製服も作られるようになりました。もちろん自分で作った服を着ることも多くありました。

 (既製服自体は1820年頃からあった。それまでは庶民は主に古着。)

 

ルノワール<雨傘>(1881~1885年)

この作品には当時のファッションを通して社会が見えてきます。

まず、いちばん先に視線がいくであろう左側にいる黒い服を着た女性。身につけているのはとってもシンプルな服ですよね。そして周りの人はみんな傘を持っているのに、この女性は持っていません。帽子もかぶってない。

女性が手にしている入れ物は、帽子を入れておくもので、中の帽子は自分の物ではなく注文主のもの。それを届ける途中なのです。

つまり働く庶民。

対して、右側にいる女性は、凝ったデザインの濃いブルーのドレスに帽子(必須でした)をかぶって傘をさしています。見てわかる通り裕福な人ですね。ちなみに雨傘、日傘は当時の流行アイテムでした。

これは富裕層と庶民の格差の広がったことを示していると思います。

ルノワールは、モード(流行)をとらえることで、当時の「今」を切り取っていたのです。

 

黒い服を描いた素敵な作品を少し

カロリュス=デュラン<手袋をはめた婦人>(1869年)

パリの上流社会を描き続けた画家カロリュス=デュランが自分の婦人を描いた作品。身につけている美しいドレスはオートクチュール。

オートクチュールは、19世紀のパリで誕生しました。

貴族社会から市民の富裕層が社会の中心となり、そのような裕福な人々の求めに応じた服を提供します。もちろん今でも有名なメゾンがそれを提供し続けています。

 

 

ジョン・シンガー・サージェント<マダムX の肖像>(1883~1884年、メトロポリタン美術館所蔵)

前述のカロリュス=デュランが美術教師時代に教えた生徒の中のひとりがジョン・シンガー・サージェント。パリに暮らしたアメリカ人です。

白い肌と黒いドレスが際立つ作品で、オリジナルは右肩のストラップが垂れ下がっていました。これが原因でいろいろと物議をかもしてしまいました。 

 

今回、いろいろと19世紀後半のパリで活躍していた画家の作品を調べてみましたが(このブログに挙げている以外にもたくさん)、黒い服は、厳粛な雰囲気とエレガントでファッショナブルな美しさ、という両極端な魅力を持っていることに改めて気づかされました。

ファッションの流行という近代的で新しい文化や多くの女性が注目する情報は当時の社会現象を作り、それが今もパリの街のイメージに続いているのだな感じました次第です。

そしてファッションとアートの結びつきは、この時代だけでなく今も強く、近年ではこれらを組み合わせた展覧会も増えてきました。

新しいものや考えかたが文化を創り広がっていく。

ルノワールのように「今」をとらえる眼差し。大切にしていきたいなと改めて思うにいたりました。

最後まで読んでもらえたならうれしく思います。

 

参考資料

・「ファッションから名画を読む」、著者 深井晃子、PHP研究所、2009年

・「黒の服飾史」、著者 徳井淑子、河出書房新社、2019年

・オルセー美術館公式ウェブサイト 

 

執筆者

青木 雅司

美術検定1級アートナビゲーター

 

画像の左上が私です。こういう画像をたまに制作しています。

アクリル絵の具を使ったマーブリングを撮影して、自分で撮った画像と組み合わせています。

昔、大阪と名古屋でラジオ局のディレクター長いことやってました。

あいちトリエンナーレ2013広報メンバーでした。

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